2014年1月3日金曜日
【短歌】 自薦短歌2013
環状線このまま回り続けたら遠心力で空も飛べるか
大晦日のイベント「紅白短歌合戦’13」に提出させていただいた、いちばん思い入れのある自分の短歌です。今年度から大阪にやってきて電車通勤を始めて、ほぼ毎日電車についての歌を詠んでいましたが、これが自分にとって最も出来がよく感じる歌でした。ちなみに、「うたつかい」7月号の自由詠「日本の車窓から」の一首でもあります。
JR大阪駅を見上げれば梅田の骨格標本のよう
遊びに行く回数が最も多い場所、梅田。数年前に比べると分かりやすく綺麗な駅になったけど、むきだしの骨格のような天井に見下ろされてる気がした時に詠んだ歌です。これも電車の歌ですね…
まだ旧い名で呼ばれてる気がしてる 濃い雑踏を振り向きながら
大阪でわたしの旧姓を知る人はほとんどいないはずなのに、なんとなく呼ばれた気がして振り返る瞬間がまだあります。これも帰りの電車のホームで浮かんだ歌でした…どんだけ電車好きなん。ちなみに旦那たん選でした。
紙切れに振り回される人生を幾つ見てきた答えろ諭吉
うたらばブログパーツ「紙」に採用された歌。初めての採用だったので、電車の中で「ヒッ」ってなったのを覚えています。
この馬じゃ追いつけなくてその広い背中見つめてぐるぐる回る
NHK短歌de胸キュンに採用された歌。テーマは「遊園地」です、と言わないと意味が通じにくい歌だなあという実感です。採用の電話を受けたのが昼休みの職場だったので、思わず絶叫してしまい現実世界の人々に歌詠みであることがばれてしまったのもいい思い出。何度も暗唱させられました。
産むだけで親だと言われ産み落とされただけで子だと言われる理不尽
親は子を選べないと言いますが、子も親を選べないんだよなーという気持ちを込めて。暗いなー(旦那たん評)
日焼けした指輪の痕はもう二度と消えないでいいこのままずっと
冬は手荒れがひどいので指輪がはめられません…
好き好き!と愛の言葉の雨降らす やれやれ顔できみは傘さし
最近気が付いたんですが、旦那たんはラノベの主人公みたいなんです。わたしがどんなに好きと言っても、はいはい分かってんよ、とまるで某キョンのような顔をするんです。そんな態度取りつつ、繋いだ手を離さないのが旦那たんの可愛いところです。
廻り続けるこの星の何処見てもきみの代わりが見つからないの
わたし回るの好きですね…でも一番好きな路線は京阪です(回らない)
日曜を弔うために白黒の乗客たちを乗せ電車往く
また電車の歌。都々逸クラスタの社畜たちへ捧ぐ歌です。
あたらしい名前はきみと人生を共に生きると決めた証拠だ
わたしにとって、姓が変わることは人生の半分を持っていかれるような気がしていました。これまでの姓で生きてきた自分が消えてしまうような気がしていました。でも、今年度あたらしい名前でいろんな人に呼ばれるようになって、この名前をくれた愛しい人と未来がぺっちょりくっついたようなそんな気がするようになりました。それはとても幸せなことだと思いました。だから今はこのあたらしい名前が愛おしくてなりません。
舞い落ちる紅葉の指の開くよう 冬が静かに咲き始める街
これ11月の終わりごろに詠んだ歌なんですね。広島も大阪もこの頃に本格的な冬になってきます。
まつげながい、ほっぺやらかい、てのひらがあせばんでいる、恋をしている。
いつまでもいつまでも、旦那たんに恋をしています。
ラメ光る目尻にキスを アイシャドウ落ちてあなたのものになる夜
うたらばブログパーツ「目」に出した歌の中で一番自信があった歌です。採用されませんでしたけども、お気に入りです。でも確かに冒頭が普通すぎるかなーと今打ち込みながら思いました。勢いに任せず、じっくり推敲することが大事ですね。
さよならをひらがなで書く きっともう「あたし」に自分を明け渡せない
自分のことを「あたし」と言ったり書いたりしなくなったのはいつからなんでしょう。「あたし」はわたしにとって外側の自分のようなもので、他者と自分を繋ぐ仮面の役割を果たしていたのかもしれません。「あたし」が必要なくなったのは、やっぱり旦那たんと一緒にいてからかなあ。自分自身を理解し肯定してくれる存在を見つけたら、防衛機能であった「あたし」が消えてしまったのかもしれません。
以上の歌が、2013年の自薦短歌でした。2014年もますます精進できるよう頑張ります。
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